酷暑でしたが・・・

「今夏の暑さは災害の領域にある」と言われた酷暑もようやく一段落しました。熱中症対策として、「こまめに水分を補給する。ためらわずに冷房を使用する」と教えられることもすっかり定着しました。しかし、私は「こまめに水分を補給する」はわかるのですが、「ためらわずに冷房を使用する」ということには違和感があります。=病気療養中の方や体が不自由なお年寄もいらっしゃいますので、この違和感は全てに対してということではありません。

ある暑い日のことです。外気温35℃テレビの報道で街頭インタビュー。

レポーター「この夏の暑さはいかがですか?」

日傘をさした若い女性「もうホント、ベタベタしてイヤだわぁ~」と、デパートの中にかけこんでいく映像がありました。

「夏は汗かいてベトベトするのはあたりまえです」と思わず独り言が出てしまいました。

 

私は、子どもを育てる立場にあります。「育てる」とは、即ち子どもの持っている潜在的な能力を引き出すということです。従って、暑さ対策は暑さから逃れる方法を提供して子どもを守るのではなく、まず暑さに向かっていく力のある子どもを育てるということを選びたいと考えます。

季節は秋から冬に向かいます。夏が終わって、突然秋が来るわけではありません。夏の中に秋はかくれています。そして、冬も同じです。ということは、暑さ対策は暑くなった夏に対症的に突然取り組むのでなく、一年中を通して力を育てる必要があるということでしょう。

暑さに対して「育てる力」って何なのかと言うと、それは自分自身が環境に合わせて自力で体温を下げるという本来の体の機能をよみがえらせることです。つまり、たっぷりと汗をかくということです。汗腺を開いて汗をかくことで体の中にこもった熱を外に放出します。その体そのものが持っている調整能力を本来子どもは持っているものです。その能力を「育てる力」として引き出します。また、この汗はじーっとしてかく汗ではありません。自分の体を動かして生み出される熱を放出するための汗でなければなりません。心臓をバクバク動かして、酸素をたっぷり吸って、肺をふくらませ、筋肉を動かして、健康な汗は出てくるものです。この汗をたっぷりかくという体づくりに欠かすことのできない毎日の生活経験こそが、暑さに向かう力を育てることにつながると考えています。そのことについて、「育てる」という視点において私達には責任があります。

 

 夏は、あそんであそんで汗かいて、いっぱいごくごく水やお茶を飲んで、そしてまたあそぶ。そしてまた飲む。お部屋に子どもが集まると、汗くさくて息が詰まりそうになる。それでも気分はさわやかで、目はキラキラとしている。でも足は臭い。先生の話を聞く、製作をする、歌を覚える、課題が指導されるなどグループ活動が終わると、またあそびに飛び出して行く。モタモタしている子、グズグズしている子はいない。暑い時はスピード感が大切。またダイナミックだから、汗くささも足のにおいも気にならない。明るく笑って過ごせる。

こうやって、子どもは力を蓄えます。暑さが平気になります。結果として、「ためらわず冷房を使用する」ことに頼らなくても、熱中症対策ができることになります。

 

さらに、「あそび」は楽しいという光のあたる部分が強調されますが、必ずその楽しさを支えている見えない部分がかくされています。それは、「忍耐」「努力」「葛藤」「協調」「工夫」・・・それがあってはじめて、あきることのない深い楽しさの経験に届くのです。あそびを単に子どものおたのしみ、息抜き、休憩、発散としか捉えることのできない大人は、そのかくれた秘密を洞察、想像することのできない鈍感な大人と言うしかありません。

今月は、こんな子どもの自ら向かう力を育てるあそび、生活について、カナカナ学習会で話します。

2018/09/25