2018年懇談会 雑感

 子どもライブラリーの新年度の実質スタートとも言える5月のグループ懇談会が終わりました。初めての方は、「とにかくびっくりした」「緊張した」と驚かれたようです。皆さんの経験の中にある通常の二者あるいは三者懇談会というと、およそひとり15分間という時間設定で、園や学校の様子、家庭の様子や生活習慣などの情報交換会ということが多いと思われます。
今回は、普通に3時間、長い時は4時間にもなりましたので、時間設定からして想定外だったと思います。出席者の中には、びっしりレポートを書いて用意されていた方もあれば、初めてでメモもなくドキドキの方もありました。回数を重ねることの意義の深さを感じました。

 何故個人懇談会でなく、グループ懇談会なのかの成り立ちは、特集に書きました。いずれにしても、グループ懇談会は苦手な人が多いです。
「人前で自分のことを話しにくい」
「家庭の中のことは言いたくない」
「不安に思っていることは言葉にしにくい」
「自分の子育ての失敗を責められるのは嫌だ」
「大勢の人の前で本音ではしゃべれない」
どの理由ももっともだと思います。それでもあえてグループ懇談会をえらび、こだわるのには、子どもライブラリーの教育・保育に対する考え方の特性があります。
1.こども園は、親の子育ての負担を軽減させるためだけにあるわけではない。
2.子どもは、親と離れて集団保育の場では、心も体も無傷ではいられない。
3.子どもにとって、本当に大切なことに危険を伴わないものはない。
4.子育ての失敗経験は、子育て中の全ての親の情報の宝庫だ。
5.子育ての失敗経験は、共有・共感し合うことで、失敗ではなくなる。
6.人と話をすることで何かが始まる。人と話をしなければ何も始まらない。
私は、「子どもはつくられる」とよく話します。親の気付いていること、気付いていないことを、そのまま鏡のように写し取って育つのが子どもです。子育てには、自分ではわからない客観的な視点が必要です。
子どもを育てるのは、親の大きな仕事、人生の目的でもあります。しかし、人はそれだけで生きているわけでもありません。「子どもと共に生きる」という意味で自分の人生を考え、明らかにすることは、親が人としての自信や肯定感を育むためにもとても大切なことです。グループ懇談会を終えて、皆さんもうおわかりのように、単純な子どもの園と家庭の情報交換会ではありませんでした。皆さんの気持ちを軽くしたのか?重くしたのか?課題を解決したのか?課題が生まれたのか?それぞれに貴重な密度の濃い時間だったと思います。

先生達にとっても、それは同じことでした。懇談会に臨む前に、何度も、何時間も子どもの日常を記録して、分析を繰り返しました。それでも、ひとりの子どもの育ちがどのあたりにあるのかを見極めるのはむつかしく、頭を抱え込んでしまったこともありました。
しかし、悩ましい子どもが先生にとっては宝物です。いつも言いますが、「先生は子どもによって、本物の先生になっていく」のですから・・・。

私にとっては、いつまで経っても「人の話を色付けせずにまっすぐ聞くのはむつかしい」というのが正直なところです。
皆さんがノートを見ながら熱心に語られる多くの情報を聞くことと、そこに語られていない何倍ものかくれた情報を想像、洞察すること。また、聞くことによって生まれる責任として、何らかの方向性を提供するために瞬時の言葉えらびなどに翻弄されて、ぼんやりした顔をしているのですが、けっこう頭の中と心の中はせわしなく、忙しくしていました。
連日6~7時間の後は、頭の芯が熱を持ち、夜眠れず、内臓が弱り、筋肉は収縮せず、挙句に腰痛で走れなくなり・・・。よって、今週の朝サッカーは立っているだけのレフリーとなりました。
懇談会が終わって、次の日から体が思うように動かないので、床を這い回るようにして、子どもとあそぶのですが、これがけっこうおもしろい。いろいろな子どもの不思議な面がいっぱい見えてきて、かかわりの少ない子どもと絡むのがやめられません。
懇談会のまとめは、6月のカナカナ学習会でいくつか重要なポイントをおはなしします。お楽しみに・・・。

2018/06/02