「習い事Q&A」
Q.「ピアノは自宅での練習が思うようにすすまない」
「本来の目的の情操教育になっているか疑問」
A. ピアノを自分で弾くというのは、基本的に技術の問題です。さらに楽譜を読めるというのも欠かせません。つまり、根気強く勉強をしなければならないということです。ウットリとした華やかな世界だけではありません。子どもが「ピアノをしたい」というからには、何らかのきっかけがあったと思います。そのきっかけが甘ければ、練習は苦しくて続きません。
勿論、子どもが息を切らせぬよう、厳しく、しかし丁寧に導いてくれるのが指導者です。先生をえらぶのは、やはり、大切な要素だと思います。自宅で決まった時間に与えられた課題を練習させる、しかも毎日それをくり返す。時には、気持ちののらない子どもを叱ったり、引っぱったりするのは大変です。とても情操教育どころではありません。そんな時に、「こんなことでよいのか?」と矛盾を感じるのは、あなたや私だけではないでしょう。どの「習い事」にも言えるかもしれませんが、「甘く考える」ことは禁物です。
Q.「もうやめたいと言い出した時、どうするか?」
A.子どもがやめたいと言い出した時、「自分からやるって言ったでしょう」と子どもを突き放したり、「途中でやめたら、やめ癖がついて粘ることのできない子どもになってしまうんじゃないか?」と、次のことを心配したりと、親は悩ましいものです。押したり、引いたり、なだめたりといろいろな方法で続けさせようとしますが、大抵はうまくいきません。こんな場合は指導者と相談して、何につまづいているのかを、まず話し合ってみましょう。しかし、指導者は、続けさせることを前提に答えてくれますから、そこは冷静に判断してください。話の内容に納得できなければ、あっさりと撤退することです。あいまいにして、ごまかしながら、「誰にでもそういう時はありますよ。」と一般論で何となくすすめようとしてもうまくいきません。「習い事」は、始める時よりも、やめる時の方がより冷静な判断と勇気が必要になります。
Q.「習い事」をさせた方がよいか、まだ早いのか、適性をどう見極めたらよいか?
A.基本的に子どもは、総合発達ですから部分的に教えたり、鍛えたりすることには賛成できません。必ず、副作用としてのゆがみが生まれます。たとえば、知能開発に走りすぎると、社会性、人間関係が歪んでくることがあります。大人はそれに気づいていても、それは必要悪ぐらいにしか考えません。子どもの発達と、次のステップへの移行の意味がよくわかっていないからです。子どもの自然なバランスの良い発達のことと、人格形成の重要な時期ということからすると、「習い事」は、乳幼児期には早すぎると言えるでしょう。保護者それぞれに考え方がありますから、これは押しつけではありません。基本的に、「お勉強」は「忍耐」です。「積み重ね」は「見通しとひらめき」です。そして、「すべての習い事」は「自立した責任」において行われるべきです。「忍耐」、「見通しとひらめき」、「自立した責任」、それらが乳幼児期に体験を通して身につけるべき資質ではないでしょうか。「習い事」は、その次に取り組むべき課題だと思います。
2012/09/13