CHILD LIBRARY 子どもライブラリー

アンケートを考察する。

立春間近の新聞記事に目が留まった。

「今の学校で増えてきたと感じられる傾向の子」という教員向けのアンケートの結果の上位1位が「コミュニケーションが苦手な子」 2位が「登校や学校に意欲が見られない子」となっている。(2月3日朝日新聞)

若者のコミュニケーション能力が足りないというのは、すでに10年前から大学生レベルで問題になっている。特にCOVID-21禍で加速化されたと、話題にもなった。

ちょっと立ち止まって考えてみる。コミュニケーション能力とは、一言で言うと、「自分を語り、他人を聞く。」という能力のことだ。

それは、どこで養われるか? 残念ながら、教室の中の座学では学べない。それは、自由空間の中の自由あそびできたえられ、身についていく。ということは、今の子ども達は、乳幼児期からの「あそび」が足りないと容易に想像できる。

 

小さな子どもがあそんでいる様子をよく見てみよう。

「仲良く」(これはコミュニケーションが成立している。譲り譲られる関係、契約が整っている時に見られる傾向)

「ケンカ」(お互いの主張がぶつかり合う、自分の主張が相手に受け入れられない。相手の気持ちが理解できない状態)

それだけではなく、「ただ見ている」(観察)、「ひとりだけであそぶ」(自分の世界の構築)、「ウロウロする」(探索行動)、「支配する」(自我の迷い)、「支配される」(自己喪失)・・・と、ちょっと見るだけでもさまざま、多様で一律でないことがわかる。

大切なことは、このような子ども達の多様な「あそびの経験」を、充分に体験できる環境を用意することだ。(「ケンカ」でさえも大切な葛藤経験のひとつになる。)ここに私達の責任がある。

コミュニケーション能力は、「自分を語り、他人を聞く」という、ひどくあたりまえの人間関係の基本の能力のことだ。

しかし、あたりまえであっても、能力であるが故に育てなければ開花しない、目覚めない、気付かない。

人を育てる、保育・教育の意義がここに存在する。

最初のアンケートにもどるが、「コミュニケーションが苦手な子」が1位にあるということは、単純に考えると、学校環境に辿り着くまでの乳幼児期に「自由空間の中の自由あそび」の体験が乏しかったということになる。

全国の保育園、幼稚園、こども園は、このアンケートを見る限りにおいて、大いに反省する必要があると、私は考える。

 

次に、「学習に意欲が見られない子」が2位にある。学習意欲の基本は、「知的好奇心」の発露だ。知的好奇心は、0歳児から探索行動と五感を通した体験によって満たされる。ここで大切なことは、「五感を通して」ということだ。やはり、「教室の中の座学では、意欲は育たない。さらにタブレットの中の成功体験は長続きしない」。

また一般的だが、「子どもの知性を刺激して、学習意欲を高める。」として、社会体験を第一義に考える、勘違いの親や先生がいる。たとえば、連休明けの子どもの話題「飛行機に乗った」「ディズニーランドやUSJに行った」「ホテルに泊まった」・・・などなど、話は尽きない。

残念ながら、これらの体験活動は必ずしも子どもの意欲にはつながらない。むしろ、行為そのものが「思い出づくり」となるだけで、連休明けのグループ活動の時、あくびをしたり、ボンヤリ眠い顔をして集中できない子どもの何と多いことか・・・。大人の考える社会体験は、子どもの世界を広げ、意欲を向上させることにつながらないことに気付くべきだろう。

小さな子どもは、おおよそ2km四方の空間で、車を使わず、自分の体と五感を通して体験したことが、つまり探索行動が知的好奇心を刺激して、学習意欲を高めることにつながる。

簡単に言えば、子どもに珍しいものはいらない。愚直に繰り返す日常こそが、必要だということだ。

ところが現在、巷の日常には、その愚直な繰り返しが見られない。大人はそれを「退屈」と称して、うすっぺらい刺激に走る。都合よく社会体験を豊かにすると、ネーミングして・・・。

ちょっと愚痴っぽくなった。いずれにしても、小さな子どもが学習意欲が乏しいというのは、明らかに発達が歪んでいる。子どもは貪欲に知りたがる生き物だ。愚直な生活の繰り返しこそを、それぞれの家庭がよく考えねばならないことだと思う。

この続きはカナカナ学習会で・・・。

2026/02/14