CHILD LIBRARY 子どもライブラリー

「いたずらのススメ」

今年の流行語大賞「ダメよ〜ダメダメ」というのを、私は一度も、見たことも、聞いたこともない。「アナと雪の女王」も同じ。バザーでは、皆と一緒に感心したり、笑ったりしたけれど、それは、純粋に前で踊っているお母さん達への思いであって、物語そのものは知らない。歌は、サビの部分だけは、子どもが歌っているのをよく聞いていたが、見たことはない。

それでも、午年は暮れようとしている。それじゃ私は、この一年何をしていたのか。「う〜ん」あらためて考えると、殆ど何もしていなかったことに等しい。

断片的には、あれこれと言い訳めいて、いくらもしてきたことの説明はできるのだが、一貫性がない。ひとつひとつが繋がっていない。総括ができていない。次の目標が具体的に明らかになっていない。これでは、何もしてこなかったことと同じだ。

 

今年は、6月の父親学習会から始まって、運動会を頂点として、「お父さん」達に注目してきたように思う。何故、今父親なのか?家族の一員として、それぞれに役割は違うが、果たすべき責務は、皆同じはず。しかし、多くの家庭は、父親を特別扱いする。そのことがよくわかるのは、仕事以外に家庭のことで父親がわずかばかりの役割を果たすと、「おとうさんありがとう」と返ってくる。母親が同じことをしても、又はそれ以上のことをしても、そのような言葉は返ってこない。

私は、「おとうさんありがとう」というのを、やめようと提案したい。家庭の中で、父親だけが特別ではない。特に小さな子どもにとっては、父も母も同じ親だ。

勿論、それは父親に感謝するな!!という意味ではない。家族がもっと自然にもっと絆を深くして、関係性を伝え合う。お互いを思いやる気持ちが、いつも家族の中にあふれている。言葉であえてあらわす必要性もないくらい・・・・・という意味である。

しかし、私は昨今言われるように、父親の家事、育児をもっと・・・ということには、汲みしない。まだまだ経済成長を追い求める日本の現状の中で、仕事場はそれほど甘くない。心も体も仕事に拘束されているのが、多くの父親だ。これは厳しい。

父親としての役割は、もっと他にあると考えている。具体的に何かをするということも大切だが、それよりもまず「オレは仕事が忙しい」と、そのことを押しつけて、家族の中で役割を果たしていると思い込んでいる、又は開き直っていることを改めたいと思う。

バランス良く自立した子どもは、バランスの良い家庭の中で育つ。父親は何をすべきか、どんな役割があるのか、今週の青大将の会で酒を飲みながら、皆で考えたいと思う(・・・ムリかな!!)

 

また、翻って私達にも同じことが言える。子どもには、バランスのとれた保育、教育が大切だ。先日、クリスマスの歌の練習の初日、ねんねこ組が可愛くじんろく組に助けられてうたっていた。終わって、先生に言った。「本当にしっかりと真剣に話を聞けるねんねこ組でおどろきました。丁寧に育てられていること、安心しているのがよくわかります。しかし、笑いが固い。もっと自然に自発的な笑いを生み出せるようにならなければいけません。美しい笑いができてはじめて、しっかりと話が聞けるということとバランスがとれます。笑いが固いのは、自分に自信がなく大人への依存が大きいからです。『自然な笑い』を追求して下さい」

『自然な笑い』を獲得するために、私は「いたずらのススメ」を上げる。「いたずら」を辞典で調べると、?用事がないこと ?無益、無用 ?無益なたわむれ と書いてある。すばらしいと思う。無益、無用なことが、心を豊かにし、発想を自由にしてくれる。人に対して寛容になり、人を尊重することができる。「あそびゴコロ」は、即ち「いたずらのススメ」の到達点のひとつだと考える。

どんな時も、何があっても自主的に動き、自己責任から逃げない。その柔軟性こそが、子どもライブラリーの故曽田家の基本になる。

まぁ要するに、意味のない、馬鹿な遊びをいっぱいやろうというわけだ。目的もねらいも何も無い、ただひたすら楽しい、おもしろいの1点において、あそぼうと思う。そんなことにムキになれる、一生懸命になれる子どもを育てたい。そして、それに父親も巻き込みたい。「計算するな!!」「説明するな!!」ひたすら、子どもとおもしろさを共有できる、「話のわかる」父親が増えてほしい。その中から、父親の新しい役割も見えてくると期待している。

2014/12/10